2006年12月30日

朝日新聞 「日中歴史共同研究は実証主義で行け」

 日中双方の歴史認識にある溝を埋めたい。そんな狙いで、両国の専門家による歴史共同研究が動き出した。

 大学教授や研究者ら10人ずつの委員が参加し、初会合が北京で開かれた。「近現代」と「古代・中近世」の二つの分科会で研究を進め、08年に成果をまとめる予定だ。

 この共同研究は今年10月、訪中した安倍首相が胡錦涛主席との間で年内スタートに合意した。小泉前首相の靖国神社参拝で極端に悪化してしまった日中関係を修復するため、「歴史の問題は専門家に委ねよう」という発想だ。

 日本側座長の北岡伸一東大教授は「政治が本来の課題に集中できるよう、一助になれば幸いだ」と話している。建設的な成果が生まれるよう期待する。

 両国の間でとりわけ認識が対立するのは、日本の侵略戦争をめぐる歴史だ。例えば南京大虐殺について、中国側は犠牲者の数を「30万人」とし、日本軍による残虐行為の象徴的な事件と見る。だが、日本側には20万人説や数万人説などさまざまな見方がある。

 事実を誇張して日本批判に政治利用しているのではないか、といった反発が日本でくすぶり続ける。一方で中国では、日本の責任逃れは許さない、歴史を直視せよと批判が盛り上がる。

 日中戦争全体の犠牲者数や盧溝橋事件の原因、従軍慰安婦問題などをめぐる対立でも、同じような不信の構図がある。

 こうした相互不信を少しでも取り除くため、もとになる歴史的な事実を専門家同士で確認していこうというわけだ。

 もとより容易な作業ではない。中国側の歩平座長は「侵略戦争の責任を否定する言論に十分に警戒しながら」研究を進めたいとの抱負を語った。

 日本側には、中国の委員が自由な立場で発言できるのかどうかという疑問もある。座長をはじめ多くの委員は政府系シンクタンクに属する。学問の自由が保障されている日本と同じ土俵で議論するのは難しいかもしれない。

 とはいえ、中国も変わりつつある。胡主席は昨秋、抗日戦争における国民党の役割を評価した。共産党が歴史の一部を見直したのだ。少しずつではあるものの、従来の教条的な歴史解釈から踏みだそうとの動きはほかにも見て取れる。

 近現代史の研究対象に「戦後」が加えられたのも評価できる。侵略の歴史だけではなく、平和の道を歩んだ戦後の日本もきちんと見てもらいたい。ここで相互理解の土台を築ければ、全体の議論を深めることにもつながる。

 要は、協力してできるだけ多くの事実を重ね合わせることだ。持ち寄った事実が多いほど、的はずれの解釈が顔を出す余地は小さくなる。

 すでに両国の歴史研究者の間ではさまざまな交流や共同研究が行われ、成果は出版もされている。

 事実をして語らしむ。冷静に、実証主義の姿勢で一歩一歩進むべきだ。






他の大手新聞は既に日中歴史共同研究に関する社説を出してるんだけど、朝日だけ大幅に遅れた。最近の朝日は他の新聞の動向を見極めてからのパターンが結構多い。

んで今回の社説はあたかも朝日新聞がジャッジであるかのような第三者であるかのような論調だけど、中国側の主張の拡声器の役割を果たしてきたのは朝日新聞だからね。
お前らは当事者だから。しかも中国側の。
今更変節してもダメ。


今回の社説における「実証主義」というのは帰納法による歴史を指す。
つまり「○○という事実が見つかった。また、□□という証言も得られた。その他色々な証拠をつき合わせた結果、矛盾はない。従って△△という結論になった」という論理思考である。
日本人が通常想定する「歴史」はこのような考え方をベースにしている。

しかし、中国(及び朝鮮半島)の「歴史」は演繹的なものである。
この考え方によると「我々の歴史は△△であるべきである。したがって、○○という証言は△△を正当化できるので採用する。しかし●●という証言は△△に矛盾するので消せ」となる。

このように日本と大陸国家は同じ「歴史」という言葉を使用していても、中身は全く異なる。
本来、朝日新聞やその他のメディア・知識人等は「うちらは帰納的な歴史だけど、中国人は演繹的な歴史ですよー。だから話し合いしても噛み合いませんよー」ということを日本国民に知らせるべき役割があったのだが、それを放棄してきた。この点をキチンと説明していれば、今日のような事態には陥らなかったはず。反論をしないで放置した結果、彼らも拳を下げることが出来なくなった。

東アジアとの関係において、朝日新聞的な「優しい態度」が結局は事態を悪化させる好例。絆創膏が傷口に食い込んで化膿しそうなら早く剥がすべき。「子供が嫌がっているからそのままにしておきましょう」という態度はその場しのぎに過ぎない。しかも化膿してから「傷口は化膿しないうちに早く処置した方がいい」等と他人事のように言ってるのだから始末が悪い。
posted by 在日は犯罪者の末裔 at 00:00| Comment(22) | TrackBack(4) | 【中国】南京大虐殺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月13日

JANJANの海形マサシさん 南京大虐殺を語る

JANJAN
南京大虐殺の生存者が問いかけるもの
 12月10日(土)に東京・永田町の社会文化会館で、南京大虐殺の生存者による証言会があった。

南京大虐殺について

 南京大虐殺については、すでに何度も話してきたが、日中戦争の最中、1937年12月から1月にかけて、当時の中国の首都南京とその周辺で数十万人単位の人々が旧日本軍により虐殺された事件だ。虐殺された人々の中には、投降した兵士、女性、子供などの一般市民も含まれる。中には、便衣兵(平服を着替えたゲリラ兵)と間違えられ殺された市民もいた。

 殺戮とともに日本兵による性暴力も頻繁に行われ、中には性病で死んだ女性もいた程だ。この事件を巡っては、「つくる会の教科書」はもとより、様々な書籍や雑誌で「まぼろし説」が流布されているが、それは事実誤認と憶測によって創りあげられたものであることは以前の記事で説明した。ほとんどは非専門家による情報源を明示せず、都合のいい部分だけを強調したイデオロギーと歴史認識を混同した結論ありきの代物である。

 記事を書くと決まって気付いたことは、繰り返しのように「まぼろし説」を唱える人がいる一方、なぜ、こんな大虐殺が起きたのかという質問をする人々も意外に多い。理由は大きく2つある。1つは、大部隊を短期間に出兵させたため、物資などの補給が追いつかず、兵士自らが占領地で略奪をしてまでも食料などを調達しなければならなくなり市民に被害を与える結果になったことと、もう1つは、激戦と軍隊内での厳しい階級制度から主に下級兵士達が人間性を失い弱い市民を自らの欲求不満のはけ口にせざる得なくなる状況に陥ったことだ。南京に限らず、現代の戦場でも起こっている現象である。

 証言集会の案内は、埼玉新聞と毎日新聞の地方版で取り上げられたため、多くの人々が集まっていた。まず、南京大虐殺に至るまでの歴史的背景と、最近発見された旧日本軍陸軍第百一師団所属の元兵士・故今村守之氏が残した日中戦争の生々しい記録写真を主催者である「ノーモア南京」の会の人が説明。日本刀で中国人が殺される直前の姿など含まれており、写真は戦場の生々しい光景を物語っていた。

周辺地域の被害について

 その後、中国から新聞記者の載袁支さんが講演。南京大虐殺に関しては、南京市内でのことはかなり研究されてきたものの、周辺地域の被害についての研究は十分でないことから、最近ようやく周辺地域の住民からの聞き取り調査により、実態が、まざまざと分かってきたことなどを報告した。

 載さんが調査した湖山村というところでは、61人の村民が虐殺され、その中には三歳の子供も含まれていたと語った。また、日本兵は村民の衣服に糞や尿をかけるなどの嫌がらせをして苦しめたということが分かった。このことは、イラクにおいて米兵がしている行為に非常に似通っており、古今東西、戦場における蛮行のパターンというものが変わらないことを知らしめた。

二人の生存者が問いかけるもの
 
 次に、中国の南京から来られた2人の生存者による証言が始まった。最初に話をしたのは、陳広順(85歳)という方で、目の前で自分の村人が虐殺されるのを目撃したことを事細かに涙ながらに語った。日本軍が自分の家に押し入り、食料を奪った上、奪った食料を自分に運ばせたこと、23人もの村民が校庭に集めさせられ機関銃で撃ち殺されたかと思うと、その後に、銃剣で倒れた人々を息の根を絶つため刺していったこと。

 数ヶ月経って、村人の埋葬をしようとしたが、腐乱してぼろぼろに崩れてしまい、その上、村が焼き尽くされたため、棺桶を作ることさえままならなかったこと。自分は運良く助かったものの、その記憶が決して脳裏から離れず、これまでつらい思いをしてきたこと。まるで、それが68年もの昔とは思えないほどに刻銘に語り続けた。

 次に話したのは、陳秀華さん(77歳)という女性で、母親が目の前で殺され、自らも被弾したことなどを語った。日本兵から身を隠すため便所の穴に潜ったこと。母が死んだことで兄弟で3日3晩泣き崩れたこと。大黒柱だった母を失ったため、苦しい生活を強いられ、13歳の時に労働力として嫁入りしたことなどを語り、語る中で、陳秀華さんは日本軍のことを「鬼」とか「奴ら」という風に呼んだ。陳秀華さんにとっては、「日本」という言葉だけでも、憎しみがこもるほどで、日本に来て証言をすることはとても辛く勇気のいることであったことを知らされた。

未来の我々の位置づけ

 証言会が終わり、会場を出た私には、平和な日本の首都の姿があった。近くに国会議事堂があり、この一帯は、静かで銀杏の街路樹が並び、さっきまでの証言で聞いた世界とは正反対の様相が印象的であった。

 だが、正反対のようで無関係ではない。日本の国会議事堂こそ、軍部と共にかつての侵略戦争を押し進め、証言に立った人々のような被害者を生み出したところである。その上、60年間に及び、その責任を曖昧にし続け、苦しみを癒すどころか、両国民の間の溝を広げるばかりとなった。そして、これは日本と中国の問題だけではないほど深刻なことである。

 アメリカの大学に留学したことのある筆者は、大学で取った歴史の講義で、日本人であるがため講師から叱責を浴びた経験がある。それは、たまたま、その時、日本の閣僚の一人が「南京虐殺はなかった」と発言し、アメリカでも報道されたからだった。日本人はいつまで自らの歴史を曖昧にし続けるのかと問われた。ごまかしても駄目なのである。世界が知っているのだから。

 過去のことに決着をつけるということは、未来の我々の位置づけをすることでもある。平和は祈っているだけでは維持できるものではない。平和が崩される時が、どんな時であったかを知らなければならない。そして二度と同じ過ちを繰り返さないことを自信を持って言える私たちにならなければいけないのだ。

 そんな意識を全ての国民が共有できればいいのだがと、帰り道つくづく思った。

(海形マサシ)






>大部隊を短期間に出兵させたため、物資などの補給が追いつかず、兵士自らが占領地
>で略奪をしてまでも食料などを調達しなければならなくなり市民に被害を与える結果
>になったことと

略奪するのは分からんでもないが、なぜそれがジェノサイドに結びつくのかが不明。

人を殺すのって実は物凄い手間暇がかかるし、金もかかることなんですよ。

合理的に考えたら、見せしめに何人か殺して他の人間の言うことを聞かせるのが一番。
井沢元彦氏が言ってたけど、南京の住民を全部殺しちゃうってことは、ハイジャック犯が乗客を全員殺しちゃうのと同じで、むしろ不利益なんですね。
「生き残り」の中国人も「物資を運ばされた」と言ってますけど、そういうのに使おうと思うわけです。常識的には。


>もう1つは、激戦と軍隊内での厳しい階級制度から主に下級兵士達が人間性を失い弱
>い市民を自らの欲求不満のはけ口にせざる得なくなる状況に陥ったことだ。南京に限
>らず、現代の戦場でも起こっている現象である。

「南京に限らずどこでも起こっている」という割りに、ジェノサイドとして認定されているのは南京での日本軍の行為のみ。
日本軍は南京だけにいたわけじゃないのに、なんで南京でだけジェノサイドが発生しているのか。


論理の詰めが甘いんですよね。
だからどんどん南京大虐殺の支持者がいなくなっちゃう。



今大人気のオルタナティブ@政治経済でも面白い反論があります。
以下は、南京大虐殺に否定的なサイトに対する反論です。


ヘイトサイトヲチプロジェクト PART2
169 無名の共和国人民 05/12/08 23:48:09
私も突っ込み。

「三〇万もの無抵抗な中国人を殺害したという南京大虐殺は、その数字に根拠が無くなっている。」
―あったかなかったかだけが重要です。人数の問題ではない。
(以下略)



「人数の問題じゃない!!人を殺したという事実が問題なのです!!」
南京肯定派からはよく聞かれる言葉です。

別にそれでも全然構わないんですが、その立場を取ると、日本国内で多発している中国人による殺人事件が、南京大虐殺と等価で語れることになっちゃう。しかも、こちらは現在進行形。
posted by 在日は犯罪者の末裔 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 【中国】南京大虐殺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月24日

産経社説 「朝日・毎日は自らの罪を認めよ」

 南京で旧日本軍の将校二人が「百人斬(ぎ)り」を行ったとする報道の真偽が問われた訴訟で、東京地裁は「明白に虚偽であるとは認められない」として、「事実無根」とする元将校の遺族の訴えを全面的に退けた。史実の誤りを増幅させかねない判決といえる。

 問題とされた報道は、最初に「百人斬り」を報じた昭和十二年の東京日日新聞(現毎日新聞)の記事と、昭和四十六年にそれを再び報じた朝日新聞の連載記事(中国の旅)である。

 東京地裁は「記事に虚偽、誇張が含まれている可能性が全くないとはいえないが、新聞記者の創作とまで認めるのは困難」「現在までさまざまな見解があり、歴史的事実としての評価は定まっていない」とした。

 しかし、朝日の連載記事が書かれた後、ノンフィクション作家の鈴木明氏は元将校の遺族らを取材し、その結果をまとめた著書『「南京大虐殺」のまぼろし』(大宅賞受賞作)で、「百人斬り」報道に疑問を提起した。東京日日新聞の記事に載った将校二人の写真を撮った元毎日新聞カメラマンも「戦意高揚のための記事で、あり得ない話だ」と証言している。

 また、毎日新聞が平成元年に発行した昭和史年鑑『昭和史全記録』は「百人斬りは事実無根」と自社の戦前の報道を否定した。米国にも「百人斬りは捏造(ねつぞう)」とする学術論文がある。

 「百人斬り」報道の信憑(しんぴょう)性を否定する反証は、十分に示されてきた。東京地裁の判決は、こうした最近の実証的な調査研究や当事者の証言をほとんど考慮に入れていない。元将校の遺族は控訴する方針で、控訴審での新たな判断が待たれる。

 「百人斬り」の責任を問われた元将校二人は戦後、中国・南京の軍事法廷で無実を訴えたが、東京日日新聞の記事を根拠に死刑を宣告され、処刑された。現在も、「百人斬り」は中国が一方的に主張する「南京大虐殺(三十万人以上)」の象徴的な出来事として宣伝されている。日本の教育現場でも、しばしば蒸し返されている。

 判決結果にかかわらず、「百人斬り」が冤罪(えんざい)だったことは疑いの余地がない。朝日、毎日両紙は訴訟の法的な問題とは別に、報道機関として自らの報道を謙虚に反省すべきである。






>毎日新聞が平成元年に発行した昭和史年鑑『昭和史全記録』は「百人斬りは事実無根」と自社の戦前の報道を否定した。

こんなのあったんだ。
じゃ、捏造で確定じゃん。

歴史関係の捏造はバンバン訴えたいけど、直接害を受けた当事者以外は難しいのだろうか。
例えば、「外交的配慮で従軍慰安婦を認めた河野洋平」を訴えるとかしたい。
posted by 在日は犯罪者の末裔 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(1) | 【中国】南京大虐殺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。